東京地方裁判所 平成5年(ワ)7899号 判決 1997年10月27日
原告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
鈴木克昌
同
生駒巌
被告
日本火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
廣瀬清
右訴訟代理人弁護士
佐藤博史
右訴訟復代理人弁護士
飛田秀成
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は原告に対し、原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。
二 被告は原告に対し、左の金員を支払え。
1 一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年八月一日以降支払い済みまで年六分の割合による金員
2 一六七一万六九〇九円及び内左記金員ごとに左記期日以降支払い済みまで年六分の割合による金員
記
(一) 四七万七四一二円 平成三年八月二一日
(二) 同額 同年九月二一日
(三) 同額 同年一〇月一九日
(四) 同額 同年一一月二一日
(五) 一七五万八八九五円 同年一二月一一日
(六) 四七万七四一二円 同年一二月二一日
(七) 同額 平成四年一月二一日
(八) 同額 同年二月二一日
(九) 九二万九七九七円 同年三月一一日
(一〇) 四七万七四一二円 同年三月二〇日
(一一) 同額 同年四月二一日
(一二) 同額 同年五月二一日
(一三) 一三一万三八七三円 同年六月一一日
(一四) 四七万七四一二円 同年六月二〇日
(一五) 同額 同年七月二一日
(一六) 同額 同年八月二一日
(一七) 同額 同年九月一九日
(一八) 同額 同年一〇月二一日
(一九) 同額 同年一一月二一日
(二〇) 一七五万八八九五円 同年一二月一一日
(二一) 四七万七四一二円 同年一二月二一日
(二二) 同額 平成五年一月二一日
(二三) 同額 同年二月二〇日
(二四) 九二万九七九七円 同年三月一一日
(二五) 四七万七四一二円 同年三月二〇日
(二六) 同額 同年四月二一日
3 平成五年五月以降毎月二〇日限り四七万七四一二円及びこれに対する各支払期日の翌日以降支払い済みまで年六分の割合による金員
4 平成五年六月以降毎年六月一〇日限り一三一万三八七三円、一二月一〇日限り一七五万八八九五円、三月一〇日限り九二万九七九七円及びこれらに対する各支払期日の翌日以降支払い済みまで年六分の割合による金員
第二事案の概要
本件は、被告の従業員であった原告が、被告のした解雇は無効であると主張して、従業員たる地位の確認及び賃金の支払いを求めるとともに、右解雇は不法行為に該当するとして、慰藉料一〇〇〇万円の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告の経歴
原告は、昭和四五年三月に大学を卒業し、同年四月一日被告に入社し、同年五月に新潟支店、昭和四六年六月に同支店高田営業所、昭和四九年五月に本店営業第一部沖縄営業所、同年一二月に京都支店大津営業所、昭和五一年四月に中央支店支店付き、昭和五二年四月に中央支店銀座営業所に順次配属されて、営業業務に九年間従事した後、昭和五四年四月保証保険部に配属されて住宅ローン保証保険引受審査等業務に六年従事し、昭和六〇年四月に代理店部東京研修室(以下「東京研修室」という。)に配属されて研修業務に従事していたが、解雇される直前の平成三年四月に代理店部部付きに異動した。東京研修室は、将来損害保険代理店を営業することが予定されている被告の嘱託社員(代理店研修生)に対する損害保険契約業務の研修教育を管轄する部署である。
2 解雇の意思表示
被告は平成三年七月二六日、原告に対し同月三一日付で解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
3 原告の給与額
本件解雇の意思表示当時の原告の給与は月額四七万七四一二円である。
4 労働協約の解雇条項
(一) 被告と原告を含む被告従業員(組合員有資格者)全員が加入している全日本損害保険労働組合日本火災支部(以下「組合」という。)との間には解雇条項を含む総合的労働協約が存在したが、同協約(以下「旧協約」という。)は昭和四一年二月有効期間満了により終了した後、新協約が締結されず、現在無協約状態が続いている。しかし、旧協約中の解雇条項を含むいわゆる規範的部分については、予(ママ)後効が存続しており、また、会社と組合間で協議して旧協約の記載内容は旧協約終了後もこれを労使慣行として尊重する旨合意しているので、旧協約の内容自体は現に労使間を有効に規律している。
(二) 旧協約第三四条は左のとおり定める。
第三四条 従業員が、左の各号の一に該当した場合は、第二七条により会社は、その従業員を解雇することができる。
1 精神又は身体の障害によって永久に勤務に耐えないと認められた場合
2 甚だしく職務怠慢で勤務成績が不良な場合
3 その他従業員として資格なきものと認められた場合
二 主たる争点
本件解雇の有効性
(被告の主張)
1 本件解雇の背景
入社から保証保険部勤務(至昭和六〇年三月)までの原告の勤務態度は、職務怠慢であり、異常な行動に満ちていた。原告は、自己中心的な言動が甚だしく、不衛生等社員としての自覚にかけ、上司の指示命令には反抗的であって協調性を欠いていた。また、代理店や得意先からは、挨拶しないとか、応接態度や服装などについて批判が多く、顰蹙をかっていた。さらに、原告は職場では、他人に極端に接近したり、避けたりして人間関係について不自然な行動をとるため、女子社員から敬遠され、職場の雰囲気が著しく乱された。
2 本件解雇理由
原告は、東京研修室配属(昭和六〇年四月)以降も、職務怠慢、業務命令不服従、奇異な言動を反復継続し、再三再四の注意指導を受けても全く改まらなかった。原告の東京研修室在勤期間における勤務態度及び言動は、著しい職務怠慢、業務命令不服従と評されるべきもので、雇用契約の本旨に甚だしく反する。そして、同人の常軌を逸した奇異な言動や極端な非協調性は職場の秩序や人間関係を著しく乱し、従業員のモラルを極度に低下せしめ、ひいては業務の運営に大きな支障を来した。被告は、かかる原告の勤務態度や言動にその都度再三に亘って注意、指導しているにもかかわらず、原告はかえってこれに対し反抗的態度をとり、長期間に亘り改める気配は一切なく、将来とも改善の可能性は皆無である。東京研修室配属以前の原告の勤務態度、言動を併せ鑑みると、被告が原告との雇用契約を維持することは既に限界に至ったものというべきである。よって、原告の右勤務態度及び言動は、旧協約第三四条二号及び三号に該当する。
(原告の主張)
1 本件解雇の無効性
被告の右主張は全て否認する。
本件解雇は、従業員の個人的な逆恨みや好悪の感情に基づく原告への「嫌がらせ」や「いじめ」に端を発し、一部従業員らによって画策されたものである。そして、被告は、原告への「嫌がらせ」や「いじめ」によって生じた職場内のあつれきについて、被害者である原告を犠牲にし、あわせて、昇格異議申立を続行して昇格の権利を主張し、人事部の昇格人事についての不公正さを批判する原告を排除し、これらの諸問題を揉み消そうとして、本件解雇を強行したものである。そして、組合事務局も、元組合役員である酒井信造主事(以下「酒井主事」という。)らの意向に動かされて、解雇を容認した。酒井主事は、原告を憎悪してその昇格を妨げたうえ、職場で率先して「いじめ」を扇動した者であった。本件解雇は、その動機も手続も全く不当なもので無効である。
2 慰謝料請求
原告は、本件解雇により、賃金等の支給を絶たれただけでなく、精神的に多大な損害を受け、絶望の淵に落とされ、生活苦の不安にさいなまれている。さらに、本件解雇は、原告の社会的信用や名誉を傷つけ、原告の父は胃潰瘍になり、母は原告の解雇を強く悲嘆して本件解雇の翌年の平成四年九月二二日に急性心不全で急逝するなど原告の父母にも被害は及んだ。このように、被告の理不尽で過酷な解雇によって、原告の被った精神的損害は多大であり、本件解雇の無効が認められ、職場復帰が実現しても決して癒されるものではなく、その損害額を金銭に換算すれば、一〇〇〇万円を下ることはない。
第三争点に対する判断
一 前提となる事実
前記争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 東京研修室配属まで
原告は、被告入社後昭和五四年四月の保証保険部配属までの九年間営業業務に従事していたが、自己中心的、独断的で、同僚や代理店の都合を顧みずに自分の都合を優先するなど協調性に欠け、また、身だしなみがだらしなく、代理店等に挨拶をしなかったり、態度が横柄であったりしたため、代理店等の評判が悪く、契約の更新を断られたこともあった。そのうえ、原告は、このような勤務態度に対する上司の注意や忠告に耳をかさなかった。そこで、被告は原告に対し、原告担当の代理店を減らしたり、短期間で各営業所を異動させたりして対処したが、原告はどの営業所でも、さらに、昭和五四年四月に配属された保証保険部でも、同様の勤務態度であったため、被告は次第に、原告に対外的な対人折衝が少ない仕事を担当させるようになった。また、原告は、黙ってじっと見つめるなどとして、女子社員や女性代理店から気味悪いといわれることがあった。
2 東京研修室配属後
(一) 原告は、昭和六〇年四月に、東京研修室に配属され、代理店研修生に対する損害保険契約業務の研修教育を担当するようになった。原告の担当業務は、代理店研修生に対する講義、「東研、大研、ニュース」(以下「東研ニュース」という。)原稿作成、ロールプレイング講義(代理店研修生が一人づつ模擬セールスを演じ、これをビデオカメラで撮影録画しつつ講師が講評するというもの)におけるビデオ機器等の操作、研修資料作成、研修準備、研修生招集関連業務などであった。
(二) 原告は、昭和六三年ころ酒井主事らに対し、「私はその気がないのに、私が廊下を歩いているとTさん(当時東京研修室にいた新人女子社員のT女のこと)がわざとぶつかるように歩いてきたり、私が公衆電話で電話していると外で待っているんです。」などと話し、酒井主事には「頭がおかしいんじゃない。彼女がそんなことするわけないだろう。」と言われた。また、原告はそのころ、そのような事実がないにもかかわらず、Tが講義室に隣接する控室に置かれた研修生用の自動給茶器のタンクに水をわざと小量しか補給せず、水の補給名目に原告の講義中に控室に出入りして原告の講義を妨害したなどとして、Tに対し怒鳴りつけるように激しく叱責し、職場内に不愉快な雰囲気が漂った。
(三) 原告は、平成元年一〇月ころから平成二年七月ころまでの間、就業時間中に頻繁に社用電話で、「私は忙しいので、時間指定で修理に来い。」などと高圧的な言辞で、電機製品販売店に対し、購入した電機製品についての故障の苦情を述べたり修理を命じたりした。
(四) 原告は、日頃、上司や同僚の何気ない会話や電話での会話に聞き耳を立て、特異な解釈をしてメモしていた。昭和六三年ころには、「某女子社員が、自分に執拗につきまとう原因について」と題する文書を書いて、社内で所持していた。
(五) 平成元年八月四日の午前中、原告は、酒井主事が講師を勤(ママ)めるロールプレイングの講義において、ビデオカメラによる撮影と録画操作を担当していたが、再生講評時にも在室していることになっているのに、撮影録画が終わると講義途中であるにもかかわらず、突然酒井主事に無断で研修室を退室して事務室の自席に戻ってしまった。酒井主事がビデオテープの再生をしたところ、講評該当部分がすぐに再生されるようにビデオテープが操作されておらず、講評とは関係ない場面が再生されてしまったうえ、事務室に戻ったところ、女子社員から、原告は自席で茶を飲んでいたと告げられたため、酒井主事は事務室にいた原告に対し、「仕事をほったらかして自席に戻っては困る。」と注意したところ、原告は「長年やっているのだからビデオの操作ぐらい自分でやればいいじゃないか」と反論した。
(六) 平成二年四月二六日、原告は代理店研修生に対し、積立保険の講義を行った。ところで、東京研修室においては、新たに着任した室員は、各講義を傍聴することになっていたため、同月東京研修室に着任した杉浦信一課長(以下「杉浦課長」という。)が、当日の原告の右講義を傍聴した。そうしたところ、原告の講義は、重点の置き方が不適切で、不必要な自慢話をしたりしてわかりにくいうえ、研修生の質問に対して、意味を取り違えて説明したり、質問が聞こえないと言ってはぐらかしたり、説明が不十分であったり、間違った回答をしたりしたため、研修生の間に、いらだちや混乱が生じた。杉浦課長は、このような様子を見てとって、その場で原告の右講義に介入し、自ら右各質問に答えた。そして、右講義終了後原告に、前任者の作成したレジュメに沿って講義するようになどと注意したが、その後二回行われた原告の講義内容に改善はみられなかった。
(七) 東京研修室においては、講義の準備は、卒業研修については男性社員が、その他の研修については室員全員がすることが原則となっており、各室員は、上司から格別の業務命令がなくても、講義の準備業務に従事していた。しかし、原告は、同年四月九日の卒業研修について準備も後片づけもしなかった。また、同年六月二五日、原告は、翌日行われる初期研修の担当責任者であったにもかかわらず、講義の準備をしないで退社してしまった。これを知った小木曽勝治副部長(以下「小木曽副部長」という。)が注意したところ、原告は「杉浦課長の残業命令がなかったから退社した。」と言って反発した。
(八) 被告には苦情処理委員会制度があり、従業員は、昇格等の人事や賃金に関する苦情を、苦情処理委員会(被告及び組合双方各三ないし五名の委員をもって構成する)に申立て解決を図ることができる。原告(当時主任)は、同年六月二六日、自分を副長に昇格させないのは不当であるとして「昇格異議申立書」を代理店部苦情処理委員会あてに提出した。右異議申立書には、「(原告の)革新的・創造的な職務達成状況を評価せず、某女子社員の讒言を鵜呑みにし、副長昇格稟申の不作為に至ったことに異議申立する。」、「右女子社員は、右讒言をし、小職への関わりをエスカレートし、小職宅へ一五メートルと自宅の接近する杉浦課長へ接近し、東京研修室へ転勤希望を出すように誘った。希望がかなった杉浦課長は、某課支社長との架電のなかで東京研修所は楽だとあるまじき発言をしている。」、「(杉浦課長は)小職の職務遂行について、度重なる研修妨害、ごり押し、誹謗をし、事実関係をねじ曲げ、小職の優績なる勤務達成状況の否定に躍起となっている。かかる第一次評定者の下では、評価が更に歪んだものになる。」、「杉浦課長は、原告の聴講中創造的・革新的くだりになると、中学卒という異様に長い会社勤務で既成概念がこびりついているためか、自分がこうあるべきと考えているものと違うことに我慢がならないらしい。」「(杉浦課長は)学歴のないコンプレックスの裏返しか、質問がでるとここぞとばかり出しゃばり、不必要な細かい業務知識を事細かに説明し、ひとり悦に入って研修をスポイルします。」「小職の講義に質問が多く出たのは、積立保険の魅力をアピールした講義に魅せられ、啓発され、インスピレーションや興味が湧いてきたからで、目が輝いていた。」旨記載されていた。
(九) 代理店部苦情処理委員会は、前記「昇格異議申立」について、翌二七日、協議の結果、「原告は課長補佐及び代行者として必要な担当業務全般についての実務知識、専門知識が不十分であり、向上心に欠けているとともに、協調性に極めて乏しく、組織の一員としての自覚に著しく欠けているなどの理由で、副長昇格に値するとは言い難く、昇格稟議を起こさなかったことは妥当と判断される」との結論に達し、その旨原告に通知した。そこで、原告は、同年七月二日に、再び「昇格異議申立書」を提出し、代理店部苦情処理委員会の右結論には納得できず、中央苦情処理委員会へ移管するよう申し立てた。右申立書には、「酒井主事は、職級が下なのに上質の仕事をする小職に対する妬みが伏線にある」、「酒井主事は、小職の遂行業務たる東研ニュースの記事、ロープレー観察時のメモ、自賠責、積立保険講義などから、小職のとどまるところを知らない革新的、創造的、独創的なところを盗み続け、盗人猛々しいと思う。」、「代理店部苦情処理委員会での確認事項はいずれも事実と相違しており、組合側出席者酒井主事によって事実関係が歪められている。」、「小職の異議申立は、優積(ママ)なる勤務遂行状況が報告されながらも某主任の讒言によって、事実関係が歪められ、昇格稟申不作為に至るなかで、優積(ママ)なる勤務遂行状況が現第一次評定者によって否定され事実関係が更に歪められたからだが、代理店部苦情処理委員会で、組合側出席者として酒井主事が事実関係を更に歪める一方、詐害行為をエスカレートさせてきている。」旨の記載があった。代理店部苦情処理委員会は、同月四日、原告に対し、これ以上取り組むことはできないし、中央苦情処理委員会には移管のしようがない旨通知した。
(一〇) 前記のとおり、原告の講義内容が不適切で、注意しても改善されなかったことから、菱田通弘室長(以下「菱田室長」という。)及び杉浦課長は原告を講師業務から外すことにし、同月四日、原告に対しその旨伝えるとともに、従前から担当していた「東研ニュース」の原稿作成業務等の講師業務以外の業務には引き続き従事するように指示したところ、原告は、「東研ニュースは酒井主事にやらせればよい。」と言ったので、菱田室長が「それではどんな仕事をやるのか。」と問い質したところ、原告は、「部下に与える仕事を見つけるのが上司の役目ではないか」と反発した。同日、菱田室長と杉浦課長は原告に対し、研修室への入室を禁止した。原告は、以後、何の業務にも従事しなくなり、杉浦課長は同月九日、原告に対し、今後一切の業務を命じないと告げた。
(一一) 被告は午前九時が始業時刻であったが、「東京都における交通機関の混雑もしくは交通事情によるやむを得ない場合に限り」一〇分間のアロウアンスが認められていた。原告は、同年八月ころ、毎日アロウアンス時間ぎりぎりである九時九分に出社するようになった。同月二八日、菱田室長がこれを注意し、アロウアンス出社は遅刻扱いにすると告げたところ、原告は「遅刻ではない。」と主張した。なお、東京研修室において、アロウアンス出勤が慣行として許容されていたと認めるに足りる証拠はない。
(一二) 同月二二日、原告が杉浦課長の自宅土地建物の登記簿謄本及び公図を会社内の自分の机の引き出しの中に所持していることが判明し、杉浦課長がこれを取り上げて所持していた理由を問い質したところ、原告は、「杉浦課長の自宅は違法建築である。この建物をもし建て直すような場合には、同じようなものが建てられないように当局に訴える。」と答えた。
(一三) 東京研修室を統括する代理店部の吉嶋部長は、同年九月初めころ、原告に対し、勤務態度の反省、改善を求めるとともに、社内の配属先がないとして、関連会社への異動を打診したが、原告は労働条件の違いを理由に難色を示した。そこで、人事部部長らが同月一三日、被告本社において、原告の父親と面談したところ、原告の父親は原告の勤務状況を聞いて驚いた様子であり、本人と話をするとのことであったが、その後なんらの返答もなかった。被告は社内で、原告の東京研修室以外の配属先を捜したが、引き受け手はなかった。
(一四) 平成三年一月二八日、原告は同月末から二月八日までの海外旅行をするとの理由で休暇を申請した。被告は、当時ペルシャ湾岸情勢が緊迫していたので危険であるとして従業員の海外出張の自粛を求めていた状況にあり、杉浦課長が安全確認のために、原告に旅行先を問い質したが、原告は、「杉浦課長が会社のファックスを使用するなと言ったということは旅行先を言わなくてもいいということだから敢えて予定は知らせない」などと言って旅行先をすぐには答えず、旅行先を聞かないで休暇の承認はできない旨杉浦課長に言われると、アエロフロート機で北イタリア方面へ行くのであり、イラク側がまさかソビエト航空に爆弾を仕掛けるわけがないから安全であるなどと主張し、何か事が起きたら被告に迷惑がかかるから休暇を自粛するようにとの杉浦課長の説得を全く聞き入れなかった。杉浦課長は、休暇の承認はできないと告げたが、原告は代理店部の横井副部長に直訴して有給休暇を取得し、右海外旅行を実施した。
(一五) 原告は、同年三月七日、同月一八日にも「昇格異議申立書」を提出した。右異議申立書には、「同僚講師(男性)が小職に擦り寄り、小職の自宅を安く売ってくれとびっくりするような相談話をしてきた。やがて疲れる人であることがわかってきて、また、某女子社員の嫌がらせの原因がやきもちとわかったのでわずらわしく、離れていったが、常に欲求不満の同講師の方からからんでくるところがあって、某女子社員のやきもちはおさまらなかった。」、「異議申立当初、職務上同制度運営に関わった部会委員長は第一次選抜で副長昇格した。前任地の本店営業のとき会社内で某病気の発作が出て当部へ転入、昇格時の職権は新設のいわば代理店向けの保険相談室の相談員で、新設課といっても他社追随し横並び新設で、革新的でも創造的でもなく、明確な成果の見える業務ではない。自分の部の成果を誇示、自画自賛し、自らの評価を高らしめるため、当該新設課の担当者を優遇評価したように思う。他方小職は、確固たる実績、成果を挙げている。加うるに、第一次選抜副長昇格者と同期生との対比で考えると、前者が明確な成果の見える業務を担当しておらず、しかも病後復帰で、優先昇格に素朴な疑問がある。病気・てんかんは、医学辞典によると精神病の一種で再発性のものである。」「(銀座営業所当時、原告が)北アフリカ旅行中個人別挙績一覧表のデーターが改懺(ママ)され、某副長(後の人事部副部長)の成績がアップし、原告の成績がダウンし、平準化されてしまった。」「右副長が小職の主任昇格を断固阻止した。業績が苦しくてあがいているときに助けてもらったのに恩を仇で返すとはこのことで人の通にはずれている。弱味を見せたらだめと断固拒絶したものと小職は受けとめた。出世指向が強く、課長昇格を目前に控え、業績不振のピンチに歯ぎしりしているのに、他方、段トツの成果をあげ、昇格が遅れているのにこれをモノともしていなかった小職を妬み憎んでいたのかも知れない。右副長はその突っ張りの性格が災いして反感を買い業績不振で(担当代理店の支持もなく)皆から嫌われ(職場の支持もなく)ましたが函館所長に昇格しました。」との記載がある。
3 解雇に至る経緯
(一) 被告は原告の劣悪な勤務態度及び異常な言動等から、原告が被告の従業員として適格性を全く欠くものと判断し、横井副部長らが原告に対し、平成三年四月四日任意退職を勧告し、同月八日が返答期限であり、相当の退職金も考えていること、勧告に従わないときは組合と協議のうえ、解雇の通告をする用意があることを伝えた。これに対し、原告は、即日「自主退職しない旨の通知書」と題する書面を提出してこれを拒否した。横井副部長は同月八日再度原告に対し退職を勧告したが、原告は再び「自主退職しない旨の通知書」と題する書面を提出してこれを拒否した。
(二) そこで、被告は原告を解雇することを決定し、同日、旧協約二七条(「会社は、従業員を解雇し又は従業員の賞罰を行う場合は組合と協議して決定する。」)に基づき、組合に対し原告の解雇決定を通知して協議を申し入れた。被告と組合は、同月八日、同月一一日、同年五月二二日、同年六月二五日の四回にわたって協議した結果、組合は、同日、「本件解雇提案については労働組合として同意できません。会社提案の背景・事情については理解できる部分がある。私どもの思いと立場を推察いただき、会社として対応・善処していただきたい」との最終回答を被告に提出した。
(三) 被告は同年七月二六日、原告に対し、本件解雇を通告するとともに、解雇予告手当四九万五〇円及び退職金一一六〇万円を支払う旨通知した。
二 解雇の有効性について
1 前記認定事実によれば、原告は、東京研修室配属(昭和六〇年四月)以降も、自己中心的で職務怠慢であり、上司の注意や業務命令に対して、あれやこれや述べて反発するばかりで従わず(右一2(五)、(六)、(七)、(一〇)、(一一))、非常識な言動がみられ(同(二)、(三)、(四)、(一二)、(一四))、昇格異議申立書において、上司・同僚を中傷・誹謗し(同(八)、(九)、(一五))たもので、このような原告の勤務態度及び言動は、職場の人間関係及び秩序を著しく乱し、業務に支障を来すものと認められる。原告が右勤務態度及び言動について全く反省していないこと及び原告の東京研修室配属以前の勤務態度(右一1)も併せ考慮すれば、原告の右勤務態度及び言動は、旧協約第三四条二号及び三号に該当し、かつ、解雇手続にも瑕疵は認められず、本件解雇は有効であると言うべきである。
2 なお、原告は、右一2(三)記載事実について、電話は原告がかけたものではなく、販売店の方からかかってきたものであると陳述するが、私用電話である以上、なるべく会社に電話がかからないように手配すべきであるし、かつ、電話がかかってきても同僚等が気にならない程度のやりとりに納めるべきである。また、原告は、右一2(五)、(六)、(七)、(一〇)、(一一)について、そもそも上司の注意等が不当なのであって、原告の言動には正当な理由があるとして縷々弁解するが、いずれの場合も、原告は上司に報告して了解を得たり指示を仰いだりすることなく勝手な行動をとったあげく、これを注意等した上司に反抗したものであって、原告の言動に正当な理由があるということはできない。さらに、原告は、昇格異議申立書の記載を解雇理由とすることは、昇格異議申立制度自体を否定することになる旨述べるが、本件は、昇格異議申立をしたこと自体を解雇理由とするものではないし、前記認定の昇格異議申立書の記載内容は、上司・同僚に対する批判の範囲を明らかに逸脱した著しい誹謗・中傷であって、原告の右見解は採用できない。
3 ところで、原告は、本件解雇は一部従業員らによる「嫌がらせ」や「いじめ」に端を発している旨主張する。そして、証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告は、平成元年九月ころ原告の席を事務室の隅に移動させ、平成二年八月ころ原告の机の上の電話を撤去し、同年一〇月ころ原告の机の回りを衝立やパンフレット立てで囲み、同年一二月ころ原告にロッカーを使用させなくなったことが認められる。しかし、証拠(<人証略>)によれば、被告が原告に対してこのような措置をとったのは、原告が上司や同僚の会話等に聞き耳を立てていて仕事がやりにくいことや、同年七月以降原告が業務に全く携わっておらず、殆ど一日中居眠りや昇格異議申立書の作成に専念していたことなどから、職場秩序維持のために実施したことが認められる。また、右各証拠によれば、同年七月ころから原告に対し社内回覧が回らなくなったことが認められるが、これが被告の指示によるものと認めるに足りる証拠はない。原告に対するこれらの処遇からは、同僚や上司らが原告に対して相当感情的になっていたことが窺えるが、前記認定の原告の勤務態度及び言動からすれば、このことをいちがいに非難はできないし、かつ、原告は、右のような処遇を受けたことが原因で、前記認定の勤務態度及び言動をとるようになったものでもないから、右事実は解雇の有効性を左右するものではない。
三 よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 白石史子)